逍三は表情の読み取れない顔で、しかし玄関先で日和子の顔を見るとすぐに、
「切ったの」
と、言った。~中略~
「切ったの」
同じ言葉で、日和子はこたえる。肩まであった髪を顎のあたりで切り揃えた。
「長い方がよかった?」
誘導した。
「いや。」
困ったように答えた逍三は、すでに日和子を見てはいなかった。靴を脱ぎ、廊下と呼ぶにはあまりにも短いマンションンの廊下を、寝室に向かって歩いて行く。日和子は微笑む。このひとの、こういうところが好きだったのだ。困ってしまうところ。言葉のない世界に住んでいるみたいなところ。
江國香織 「赤い長靴」より
久々に、小説を読んでいます。
最近は読書といってもエッセイや実用書が多かったので、とても新鮮な気分。
本の醍醐味は、やっぱり”物語”だなぁ。
小説って情報ではないから、”直接役に立つもの”ではないのかもしれない。
書き続ける意味は、あるんだろうか…?との疑問は、
多くの小説家さんが一度はぶつかる壁だとも聞きます。
でも、わたしにとって”物語”は、どう生きて行けばいいのかを教えてくれる、かけがえのないもの。
例えば、上記の場面。
新しいヘアスタイルを、褒めてほしい妻。
どう反応していいかわからず、つい無愛想になってしまう夫。
この場合、ほとんどの女性は寂しく、あるいは腹立たしく思うのでは?
でも、この小説のヒロインは、夫の、こんなところが好きだという。
寂しさも含め、微笑みで受け止める。
そうか…
こんな処し方も、あるんだ。こんなふうに受け止めれば、責めるよりも、お互いうんと幸せだ。
物語の登場人物たちとともに生き、彼らの生き方から学ぶことが、ジンセイを楽に、
豊かにしてくれる。
「生身のわたし」は何通りものジンセイを生きることはとうてい無理だけれど、彼らとならば。
それがわたしにとっての、小説の効用。
どんなハウツー本にも、まさる。
今日はあたたかな日曜日。
お昼ごはんの腹ごなしがてら、本屋さんへ出掛けてみませんか?
いまの気分にジャストフィットな、お気に入りの”物語”を探しに…♪
4 件のコメント:
私の好きな作家は「人生が一度しかないことへの抵抗」で物語を書いているそうです。男性ですが、女性主人公のものが多いです。
幾多の人生への旅の読書、私も好きです。
モルペンさんへ。
その男性作家さんの理論でいえば女性主人公が多いのは、「女性でないことへの抵抗」といったところかな(笑)?どなただろう?きっと素敵な物語を書くのでしょうね。今度教えて下さい
^^。
わたしはたぶん今夜も”人生への旅”へGoです♪
北村薫さんです。
全部おすすめだけど、地味な「冬のオペラ」を偏愛しています。
モルペンさんへ。
北村薫さん、読んでみたいと思いながらまだ未読でした。
おすすめ「冬のオペラ」、ぜひ読ませていただきます♪
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